応永15年(1408)昭邦上人が楠木の繁る浄地に堂宇を建立し、本宿法蔵寺に住持する師僧龍芸上人を招請して安楽寺と称号す。浄土宗西山深草派の教義を主旨としていた。

 この安楽寺本尊阿弥陀如来像は、平安期の長保2年(1,000)僧寂照が近隣に勧学院を建立しその塔頭、和合院の本尊であった。開基の寂照はもと三河国司大江定基で、力寿姫との悲恋から剃髪し深く仏門に帰依した人であった しかし隆盛裡にあった勧学院も延文年中(1356)より漸次衰退し塔頭和合院より迎え本尊としたもので、古くより安楽往生悲願の霊仏として崇められていた。

 その後永禄6年(1563)久松長家(俊勝)は当寺を菩提所と定められたが、天正15年(1587)死去しここに葬った。その宝筐印塔は有名である。
この長家は、徳川家康の母「お大の方」の後添えの夫である。「お大の方」は長家の死に際し、当寺九世住持より、「伝通院」号を受け二年間をここに住し、その菩提を弔なわれた。

 長子康元は父の遺志を継ぎ、寛永7年(1630)本堂
を改築するなど、時代を経て寺域は諸堂を備え、念仏弘通の道場として重きをなし今日に至った。

現在当寺は、末寺17ヶ寺、檀家1200戸を擁し、三河十二本寺として中本山の格式を誇っている。
 
名楠 楠林山和合院安楽寺の由来・概略
楠林山 応永15年(1408)昭邦浄観上人は楠林の繋げる浄地に一宇を建立し師僧、広山龍芸上人を招いて開基となす
和合院 往昔、三河国司、大江定基出家し寂照法師と称し諸国行脚の肘当地に勧学院を建立(長保2年 1000年)隆盛なりしも後衰微、その別当、和合院より阿弥陀如来を迎え、本尊とする。
安楽寺 本尊、阿弥陀如来。昔より別名、紙透如来と称せられ、安楽往生の願いをかなえさせ給ふと伝ふ、その願い成就を期して、安楽寺と称する

楠林山和合院 安楽寺

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